スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ヨーダ1周忌。


5月6日は ヨーちゃんの1周忌でした。

うちに来たのは3歳だったと思います。

元々は やすの妹ちゃんちの子でした。

でも子供ができて アレルギーがあるからと 別室にて飼われていて

ペルシャなので毛玉だらけで 首のまわりは毛玉の部分ごとガバッと皮膚から剥がれてパカパカしてる状況。

やすの叔母さんが病院に連れて行き 元々肌が弱いと言われ

どちらにしてもこのまま別室で飼われ続けるのであれば。。。ということで

大家さんにはコッソリ引き取る事にしました。

たまに大家さんが来るとなれば タワーを隠し やすとヨーちゃんは車で避難。

ボロい一軒家だったけど ヨーちゃんは教えなくても壁では爪とぎしない賢い子でした。


他の兄弟2匹は貰い手が決まり ヨーちゃんだけが残っていたそうな。

目付きが悪いから。だはっ

少し茶色い目やにも酷くて それも残っていた理由だそう。



まぁ~美人さん(о´∀`о)♪

左目にシャッと戦キズみたぃな白柄が入ってるのがポイント。


避妊手術してなかったので 行かなきゃなぁと思いつつ。

でも発情の時ばかりはいつもより懐っこくて それがまた嬉しくて。

でもやっぱりかわぃそうだし これ以上高齢になったらリスク考えてできないかもねー。

そろそろ行かなきゃねーなんて言ってた矢先。


いつからかテーブルのコップに顔つっこんで水を飲むように。

笑ってみてたけど 今思えばあれは病気のサインだったんだろなぁ。

多飲。

洗面台にいたことも。



これは亡くなる4ヵ月前の写真。




こちらは引き取って数ヶ月後。

若いなぁ。フッサフサ。


ヨーちゃんが亡くなって 写真整理をしてて。

動画なんかもデジカメで観ながら。

プリントしようとSD カードを出して。

そしたらコレともう1枚が写って。

え?なにこれ?何で?何でヨーちゃんの画像が?

と とっても不思議で しばし2人で時止まりました。

SD 入ってないし 見たことない画像。。。と。

単純に SD に移ってないで本体に残ってた画像だったってオチなんですけどね。だはっ



最初の半分くらいはまるで懐かず。

最後の何年かです。急に心の扉を開いてくれたのは。

しっかも やすのことが大好きで。

いつも定位置はやすの膝の上でした。

寝る時も必ずやすの上。

やすが夜勤でいなくても あたしの上に乗ってくる事は。。。数回(´д`|||)

ヨーちゃんがいなくなってしまってしばらくは

いつもソファで おじぃ・あたし・やす・ヨーちゃん と並んでいるのが当たり前だったので

その喪失感たら半端でなかったです。

やすはあたしより大きかったはず。。。

何かが足りない。そこにはまるピースはヨーちゃんしかない。




いつからかモミモミするようになり このゾウさんの耳にまたがって

耳に顔をつけながらモムのが好きでした。ニオイ嗅いでる風。




洗い立てヨーちゃん。フッサフサ~。

こんなん家ん中歩いてると思ったらかわいくてしょうがない。




発情し始めると食欲が落ちるので まさか病気になってるなんて思ってませんでした。

食欲はない。好きなおやつも 食べたいけど食べたくない。

何かフラついてる?でもドンくさいからなぁ。

嘔吐ももう何年も前から頻回で 長毛だから。簡単に考えてました。

胃液のような泡あわの吐物。

毛玉出そうと思って出なかったんだろうと。

こんなにいっぱいサイン出してたのに まるで気付かなかった。


受診のきっかけは おしっこの時にほんとに微量の鮮血が出たこと。

ほんと。チップにボールペンでちょんっとつけたくらいの。

でもそこで色んな事が合体して やっぱりおかしいかもって。

そのトイレも何度か通うけど出ない状態。


あたしは確か仕事で やす1人で連れてってもらいました。



これはあたしが撮った最後の写真。

亡くなる1ヵ月ちょっと前。

ね?全然顔違いますよね。

でもあたしバカだったから気付かなかったんですよ。気付いてあげられなかった。。。

病気なんてうちには無縁の話。なるわけない。

だからサインも見逃し まるで無知でした。


やすは1人で宣告されました。

慢性腎不全。

即刻入院でした。


それが亡くなる2週間程前の事。


数日後。姉ちゃんが作ってくれた猫ベッドを持って行きました。

ヨーちゃんは人見知りだし知らないトコ嫌だし 少しでもうちのニオイのあるものがあったらなんぼか安心するかも。

『ヨーダちゃん 手から缶詰め少し食べたし 夜になったら寂しいのか

スリスリしてきましたよー。』

Σ(゜Д゜;)なにーっ

ヨーちゃん。。。意外と図太いのね。。。

若干の寂しさとジェラシーを感じつつ でも意外と元気そうで良かった。。。と ホッとしました。


入院中は毎日面会に行き 少しでもご飯食べてほしいと通って手から食べさせました。

数日後 退院許可が出たものの 皮下点滴に通う日々。

車に乗ると口をファーっと開けっぱなしにするのでストレス。。。

あたしたちも仕事しながらだとなかなか時間の工面が難しく

自宅でできるようにお願いしました。

ふらつきながらも歩いていたし ご飯はもう食べれるものは何でもいいとの指示。

最初はリンの少ない物をって感じでしたが 食べない事が一番悪いからと。

腎臓食やキドナ H4Oなど沢山買いあさりました。

もうほとんど食欲廃絶状態。

でもたまに自分でお水は飲んでくれてました。

ふらっふらになりながらも 寝る時は必ずやすの上にのぼってきました。

窓辺に行くのにジャンプの高さも力も足りず 足を踏み外して落ちたこともありました。


あたしたちはベッドからマットを下ろし 高さを低くして寝る事にしました。

ヨーちゃんがのぼってこれるように。


そのうちベッドで失禁するようになりました。

介護用の防水シーツを買いました。


自宅で皮下点滴をした初めての日。

数時間後 のたうちまわるようにして嘔吐。

そこからは口呼吸の肩呼吸。

ヒューヒューと喘鳴。


毎日3回 お昼休みも帰って強制給餌とお薬を飲ませてましたが

口呼吸になってからが辛くて。

吐物や鼻汁が詰まってるせいだと言われたけど 猫の口呼吸なんて見たことない。

どんなに暑くたってワンコみたく口呼吸で体温調整とかしない。

よっぽど苦しいんだろなって。


今いまどうこうなる数値ではないけど これだけ普通の顔してるのは奇跡と言われていました。

のたうちまわるようにして嘔吐したのを見て 脳に毒素がまわったのかもしれないと思いました。

それから あたしの皮下点滴の仕方が悪かったのか。

責めました。落ち込みました。

今でもそれは拭いきれてません。

多分一生。。。


でも落ち込んでる暇はなく。

サークルを出して そこで過ごしてもらうことにしました。

あたしたちのベッドの横に。


おじぃがヨーちゃん大好きだったから ちょっかいかけるんでないかと心配でしたが

ヨーちゃんが病気だとわかってからは近づかなくなりました。

おじぃはわかってたのかも。色んな事。


口が渇いてるはずなのに もうお水も飲もうとしなくなりました。

あたしたちは ただただ。見守ることしかできなくて。

でも最期まで強制給餌はしました。

。。。今同じ状況ならば その選択はしないかもしれません。

でも 納得して見送る方法は それしかなかったんです。

最期まで精一杯やれることは全てやったと。

そう思えるようにするにはそうするしかなかった。

いつ逝ってしまうかもわからない中で 何日も黙って何もしないなんて

考えられなかった。

どんな事したって結局はあーすればよかった あの時こうしてればっていう後悔は 絶対するから。。。


強制給餌はしていたので 何日も便が出ていないのがとにかく気がかりでした。

元気な頃よりお腹はポンポンでした。

でも病院で毎回その事を伝えても 摂取量が少ないから大丈夫との返答でした。


数日後。

やすが21時頃帰ってきて見守り交代。

洗濯を干しながら 晩御飯何にしようかなー。

早く来て!呼ばれました。

呼吸は荒く ギャッと鳴きました。


ヨーちゃん。苦しかったね。うちに来てくれてありがとう。大好きだよ。

抱っこは好きじゃなかったろうけど抱きました。

2キロを切っていたそのからだは それはそれは軽くて壊してしまいそうでした。


カクッ カクッ クフー。。。


目が開いたままだったので閉じてあげました。


いつもクリクリおめめのかわいぃヨーちゃん。

最後の方は昼間もクリクリだったので 

もしかしたらいつからかもう見えてはいなかったのかもしれない。

でも あたしたちのニオイや気配は きっとわかっていたよね。




ほんとは1周忌がきたら 庭にお骨を埋めて その上にお花を植えようと思ってたのですが。

ごめんね ヨーちゃん。まだ準備ができてません(´д`|||)

おじぃもいるし。。。

まだまだ朝晩のチンチンは続きますわ。




ヨーちゃんを看取って。

ヨーちゃんには何ら関係ないけど 以前書いたうちのシーズーを看取ってあげなかった後悔も

正直少し晴れました。


ヨーちゃん。

5/6に記事にしなくてごめんよ。。。(;´Д`)


あ~ 順を追って思い出したら 泣けた泣けた。あはは。

今でも大好きだよ。ヨーちゃん。


ちなみに。

ヨーちゃんが亡くなってからキドナやら缶詰めやら届くっていぅね。。。

そんなもんさね。

きっとヨーちゃんコレ食べたくなかったんだね なんて話した記憶が。

全て病院にあげました。

他の腎不全の子にでもあげて下さいって。


そして。

おじぃ。最後のお別れだよーって 全く近づかなくなったおじぃにヨーちゃんを近づけたら。

ビビってダッシュで逃げてしまいました。

きっと受け入れられなかったんだろなー。

今じゃ2人並ばされて ヨーちゃん嫌がってるかな。あはっ

ヨーちゃんはおじぃが嫌いで おじぃの一方的な片想いでした。あはは。

スポンサーサイト

ハローにゃぁ


CIMG0041_convert_20121109230229.jpg

ブラッシングで つけっ鼻。ハロハロー。

090.jpg

ストーブのススで あごひげ。

003.jpg

おっさん。

135.jpg

ぞうさんの耳を挟んでもむ。

136.jpg

ぷはー。


かわいいなぁ。

会いたいぜ。ヨーちゃん。


イエティが家族になる前 ペルシャの♀を探して探して探して探して。。。

いや。飼うつもりだったわけじゃないけど

ヨーちゃんの面影を探してたというか。

いや。あたしもやすも口にはしてなかったけど

もしみっけたら

飼っちゃうつもりで歩いてたと思う。

毎週のようにいろんなトコ行ってました。

しかし最近 チンチラはいても ペルちゃんってあんまりいなーいんですよね。

いや このへんだけかもしんないけんど。

んで ヨーちゃんと同じようなカラーの子 いたんですよ。

でも♂だったんですよねー。。。

なんとなーく2人とも うんっ とはならなかった。

いろんな方に「もし産まれたら連絡しますか?」と言ってもらえたのだが。

なぁんかそれもちょっと しっくりこなくて。

あたし的に 直接会えたら運命 って感覚があって。

そしたらそしたら。

こないだおじぃのごはん見に行ったっけ

ペルちゃん♀いたんですわぁ。

色は全身キレーなベージュの子で。

あー。。。

一足遅かったよ きみ。。。

っつって帰ってきました。

ペルちゃんでも♀でもないイエティを

一週間経っても忘れられず迎えにいったあたしたち。

いまだに謎。

でも それこそ運命だったんだろなぁ とか思ったりするのでした。

いや 結局ヨーちゃんの代わりなんて いないさね。

わかってるけどさぁ。。。

そう思えばなおさら会いたいぜぃ。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。